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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)20010号 決定

債権者 鹿内宏明

右代理人弁護士 河上和雄

同 中島修三

同 田中民之

同 江藤洋一

同 安福謙二

同 古瀬明徳

債務者 株式会社ニッポン放送

右代表者代表取締役 川内通康

右代理人弁護士 中村直人

同 澤口実

同 古曳正夫

主文

一  本件申立てを却下する。

二  申立費用は申立人の負担とする。

事実及び理由

第一申立ての趣旨

一  債務者は、その営業時間内に債務者の本店において、別紙目録記載一、二の帳簿及び書類を債権者又はその代理人に対し閲覧及び謄写させよ。

第二事案の概要

一  本件は債権者が商法二九三条ノ六の株主の帳簿閲覧等請求権を被保全権利として債務者の会計の帳簿及び書類の閲覧及び謄写を求める仮処分命令申立事件であり、本件記録及び審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  債務者は、放送法による一般放送事業等を目的とする、資本金五億円、発行済株式総数一〇〇万株の株式会社であり、定款で株式の譲渡制限を定めている。

2  債権者は、債務者の発行済み株式総数の約一三・一パーセントに当たる一三〇、八五五株を有する株主である。

3  債権者は、債務者に対し、平成六年二月一四日、三日以内に別紙目録記載の帳簿及び書類を営業時間内に閲覧及び謄写させるよう、書面で請求した。

この書面には、要旨次のような閲覧謄写を求める理由が記載されていた。

(一) 債務者が第三者割当てによる新株発行を行う前提として平成六年三月七日に招集する臨時株主総会において、発行価額が妥当か否かの判断に従って議決権等を行使するため、債務者の含み資産の調査、評価が必要である。よって、別紙目録記載一の会計の帳簿及び書類の閲覧謄写を求める。

(二) 債務者の第一営業部主任野上徹夫が平成五年五月一一日に自殺した原因は、その担当分野における決算書上の売上高を増大させるため、架空の売上げを計上したことによる心労であると伝えられており、このような事実が存在するとすれば、取締役の解任請求等の権利行使をすることを考える必要がある。そこで、右事実の調査のため、右野上の担当していた顧客についての別紙目録記載二の帳簿及び書類の閲覧謄写を求める。

4  債務者は、債権者代理人に対し、右各帳簿及び書類の閲覧謄写を拒絶している。

二  争点

1  債権者が株主、取締役である株式会社鹿内事務所は、「会社ト競業ヲ為ス会社」(商法二九三条の七第二号)に当たるか。

2  別紙目録一の1及び11各記載の帳簿書類並びに同目録二の7記載の書類は「会計ノ帳簿及書類」(同法二九三条の六第一項)に当たるか。

3  新株発行価額の妥当性の調査を理由として、別紙目録記載一の帳簿書類の閲覧謄写を求めることができるか。

4  売上げの架空計上の疑いの調査を理由として、別紙目録記載二の帳簿書類の閲覧謄写を求めることができるか。

第三当裁判所の判断

一  本件記録及び審尋の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

1  債務者は、放送法による一般放送事業のほか、〈1〉映画、音楽、美術その他の文化事業及びスポーツ事業の企画、制作、興業並びにその販売、〈2〉著作権、著作隣接権及び工業所有権の取得、譲渡並びに使用許諾、〈3〉政治、経済、文化、生活、その他の情報収集、処理及び販売の事業を行っている。

2  債権者は、昭和六三年六月三〇日から平成四年七月二三日までは債務者の代表取締役の地位に、その後も平成五年六月三〇日まで同取締役の地位にあった者であるところ、平成五年五月二六日、株式会社鹿内事務所を設立し、その代表取締役に就任した。

3  株式会社鹿内事務所は、発行済株式総数二〇〇株、資本金一〇〇〇万円の株式会社で、その目的の中に、〈1〉国際関係、文化、政治、経済、生活その他の情報の収集、処理並びに、提供に関する業務、〈2〉文化・芸術等、各種イベントの企画構成制作業務、〈3〉著作権、著作隣接権、工業所有権の取得・譲渡・使用・管理に関わるコンサルタント業務が含まれている。

ただし、株式会社鹿内事務所は設立以来まだ見るべき事業活動を行っていない。

二  1 ところで、少数株主の帳簿閲覧等請求権については、会社が濫用防止に藉口してみだりに株主の正当な権利行使を妨げることがあってはならないことは当然であり、会社が株主の請求を拒み得るのは商法二九三条の七に定める拒否事由がある場合に限られるが、他方、右請求権は、その対象が会計の帳簿及び書類に限られるとはいえ、株主が直接会社の内部資料を入手することを可能にするものであり、その行使によって得られる情報は広範かつ重要なものであるから、右権利が濫用されて正当な株主権の行使のために必要な範囲を超えて会社に関する情報が取得されることになると、その結果会社が甚大な被害を被るおそれがある。したがって、同条の拒否事由の有無を考えるに当たっても、右のような観点から実質的な解釈判断を行うことが相当である。

2 同条二号は、競業者等が会計の帳簿及び書類の閲覧等により会社の秘密を探り、これを自己の競業に利用し、又は他の競業者に知らせることを許すと、会社に甚大な被害を生じさせるおそれがあるので、このような危険を未然に防止するために置かれた規定であるが、競業者等が帳簿閲覧等請求権を濫用する事例としては、現に競業を行っている他の会社の関係者が企業秘密を入手するため帳簿閲覧等を求める場合のほか、会社(以下この項において「旧会社」という。)の経営に関わる者の間で対立が生じ、その一部が旧会社から去って競業を目的とする新会社(以下この項において「新会社」という。)を設立し、その営業開始前に旧会社の企業秘密を入手するために帳簿閲覧等を求める場合を考えることができ、このような近い将来旧会社と競業を行う蓋然性の高い新会社の関係者からの請求は、現に競業を行う会社の関係者からの請求と比べた場合、会社に甚大な被害を生じさせるおそれがある点において実質的に変わるところはない。そうすると、同条同号の「会社ト競業ヲ為ス会社」には、現に競業を行う会社のみならず、近い将来競業を行う蓋然性が高い会社も含まれると解するのが相当である。

そして、右の競業を行う蓋然性については、新会社の目的として定款で定められ登記された事業内容と旧会社の行っている事業内容の異同、当該事業の形態と競業を行うことの難易、新会社設立の経緯、新会社の経営者等が旧会社又は当該事業の関係業界において占めていた地位と実績、その資金力その他の事情を総合して判断することが相当である。なお、競業を行う蓋然性の判断に当たっては、新会社の経営者に競業を行う意図があるかどうかが検討されるべきことは当然であるが、客観的に競業を行う蓋然性が高い場合には、旧会社の企業秘密の入手によって新会社の経営者が競業の開始を決断する可能性も高いと考えられるし、また、旧会社の側から新会社の経営者の主観的な意図を立証するのは困難であるから、帳簿閲覧等を求めた時点における新会社の経営者の主観的な意図のみを基準にして右の蓋然性を判断することは相当でないというべきである。

三  右の考え方を前提として本件についてみるに、本件記録及び審尋の結果によると、次の事実を一応認めることができる。

1  株式会社鹿内事務所の目的のうち前記〈1〉ないし〈3〉は、債務者が現に行っている事業と実質的に同一であるところ、右鹿内事務所の目的とする事業は、多大の設備投資を必ずしも要しないものであり、主として経営者、従業員等の企画力、ノウハウ、社会的信用等が経営上大きな比重を占める性質のものである。

2  同社の代表取締役でオーナーである債権者は、前記一の2のとおり、昭和六三年六月三〇日から平成四年七月二三日までは債務者の代表取締役の地位に、また、その後も平成五年六月三〇日まで同取締役の地位にあった者であり、右の事業経営に精通し、関係業界において知名度も高く、また、相当の資金力を有している。

3  債権者は、債務者の内部におけるいわゆるクーデターによって代表取締役辞任を余儀なくされたにすぎず、事業意欲を失って債務者の経営から退いたのではない。

4  債権者は、債務者の代表取締役を辞任した後、取締役の任期終了の直前に、前記一の1及び3のとおり、債権者の現に行っている営業と同種の業務を主要な目的とする株式会社鹿内事務所を設立し、その代表取締役に就任している。

これらの事実と前記第二の一及び第三の一で認定した事実とを総合すると、株式会社鹿内事務所は近い将来債務者と競業を行う蓋然性の高い会社であって、商法二九三条の七第二号の「会社ト競業ヲ為ス会社」に当たるというべきである。

四  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、債権者の本件申立ては理由がないことが明らかである。

(裁判長裁判官 金築誠志 裁判官 杉原則彦 裁判官 伊東顕)

別紙

目 録

一 債務者の平成四年度及び五年度の以下の帳簿及び書類

1 固定資産台帳

2 経費元帳(地代支払記載部分)

3 関連会社元帳、又は、総勘定元帳のうち子会社・関連会社・関係会社・投資有価証券の各勘定記載部分

4 有価証券元帳

5 貸付金元帳

6 借入金元帳

7 売上帳

8 入金伝票

9 出金伝票

10 振替伝票

11 月次試算表(平成五年四月から平成六年一月まで各月次のもの)

二 債務者の平成四年度及び五年度の以下の帳簿及び書類

1 売上帳

2 売掛金元帳又は日産自動車株式会社、ヤマハ株式会社及び株式会社資生堂についての得意先元帳

3 現金出納帳

4 当座預金元帳

5 受取手形元帳

6 買掛金元帳

7 監査調書

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